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2005年09月17日
多摩市立多摩第三小学校 柴崎 裕

子どもをつきうごかすもの
今生きている実感が、頼りないものだと思います。生きている実感は恐ろしくて、汚くて、冷たくて、鋭くて、悲しくて、苦しい、、、そんな世界のもう一つの有り様にも、つながっています。それは手ごわく、その一つ一つに反応するのは、人間にとって大変なことです。だから人間は実感をわざと遠ざけて、自分に都合よく居場所を作り替えてきたのではないでしょうか。日常の生活にあまり実感はいらないのです。しかし、生きている人間に「実感」が本当に必要ないかというとそんなことはないと思います。実は心の奥深くで、生きている確かさを求めているのです。実感は確かさを補正します。
感じることをせずにつくることはできません。いや感じてしまうと何かしないではいらせません。だとすれば図工はつくる教科というより、感じる教科だと言えます。出力より入力を今考えたいと思います。
投稿者 zukodaisuki : 2005年09月17日 00:27