2010年09月10日
第14回図工だいすき子ども美術展テーマ
第14回図工だいすき子ども美術展テーマ
描くことは 素朴な行為
図工する子どもたちの姿を読みとく
描くことは 素朴な行為。
描く(つくりえがく)ことは、
(子どもが)素朴(におこなう様々)な行為(のひとつ)。
材料が面白くて、いじっているうちに描きたいものを思いついて描く。
描く楽しみを味わいたくて、描く気になるものを探し回って描く。
簡素な描画材で、また複雑に材料を組み合わせて、直感的な思い付きで、ときには全体を確かめ慎重に、一気に、緩やかに、描きたいから描く。
子どもにとって、描く(えがきつくること)ことは考える方法であり、覚え書きであり、自分自身や他人に伝えたいことを確かにするための、記録でもあるのです。
子どものありのままの行為を再認識することは、子どもの自然な表現活動が子どもの成長にかかわる活動であることを、改めて考えさせるものです。
私たちは、たとえささやかなものでも、子どもが自分自身から出発することが、いかに重要なことか、改めて考えてみたいと思います。
投稿者 zukodaisuki : 23:55
2010年09月09日
第14回図工だいすき子ども美術展趣旨
◆ 図画工作教育は、人間形成を目指す大切な教科です。
新しい学習指導要領は、来年度全面実施の年を迎えます。改定の基本方針にそった 新しい授業が模索され、新しい教科書も作成されています。
図画工作の改定の基本方針は、次のような内容です。
1、創造することの楽しさを感じるとともに、思考・判断し、表現するなどの造形的な創造活動の基礎的な能力を育てること。生活の中で造形や美術の働きや美術文化に関心をもって、生涯にわたり主体的にかかわっていく態度をはぐくむこと。
2、創造性をはぐくむ造形体験の充実を図りながら、形や色によるコミュニケーションを通して、生活や社会と豊かにかかわる態度をはぐくみ、生活を美しく豊かにする造形や美術の働きを実感させるような指導を重視すること。
3、よさや美しさを鑑賞する喜びを味わうようにするとともに、感じる力や思考する力を一層豊かに育てるために、自分の思いを語り合ったり、自分の価値意識をもって批評し合ったりするなど、鑑賞の指導を重視すること。
これらの基本方針を実現させるためには、創造的な授業をつくりだそうと英知を傾ける図工の先生が欠かせません。子どもたちが作り出す喜びを味わうよう、子どもの気持ちをくみ取り、子どもと一緒に図工の時間を楽しもうとする、創造的な感性と工夫が求められているように思います。
図工だいすき子ども美術展を企画した私たちは、新学期から、子どもたちと共に授業を創造し、子どもたちは、喜びに満ちた作品をたくさん生み出してくれました。是非ご高覧いただき、子どもたちの喜びの様子を味わっていただきたいと思います。
そして、図工の大切さを、教師と保護者が互いに確認する機会としたいと思います。
◆学校と社会福祉施設が、共同で新しい意味を作り出します。
感性の養育は、これまで学校に多くをゆだねられてきました。けれども、21世紀は、学校のみならず、児童館などの社会福祉施設、美術館や博物館などの社会教育施設においても、感性を育成するよう要請され、全国各地で実践が始まっています。私たちはその先鞭をきって活動を開始して以来、8年を経過しています。このような学校と社会福祉施設の共同作業が拡大し、子どもたちの芸術活動の機会が増大することを願っています。
投稿者 zukodaisuki : 05:47
2009年10月10日
第13回 テーマ
テーマ 色やかたちの生まれる瞬間(とき)
自分と出会う 図工室
図工室に子どもたちが来る。授業が始まる。
その日の出来事を織り込んだたわいもない話から、今日の授業を始める。
主な材料となる「もの」、使われる可能性のある道具、見つけて使うとそれぞれの子どもがより活動に入り込むかもしれないと予想して、何気なく置いてある素材。予想と違う展開になる場合には、状況に応じて、活動の中身を観察しながら切り替える。
日々の授業の中で、子どもたちは、目の前にある絵の具や、水や、土、さまざまな 「もの」 の美しさ、奇妙さと、ぴったり重なった自分のおもいつきを試し、遊び、かたちにして楽しんでいます。子どもたちにとってそれは、具体的なお話であり、ひとつながりのできごとの体験です。
子どもたちのつくりだす色やかたちには、その子の表現のなかみがぴったりと乗っていて、「もの」・ 色や、かたちや、テクスチャーそのものとして作品の姿で残されます。その子どもの言葉にならない、具体的な世界とのつながりが、そこに残されているのです。
子どものつくる色、かたち、ものの選び方。よろよろしたり、途切れたり、また太く力強く描かれる線。なぜなのか図りかねるほどただ塗りこめる糊や絵の具。そこにのこされた 「もの」 が素朴に強烈にその子の出来事を語っています。そして素朴に強烈に「もの」とかかわりながら、自分自身と出会い、遊び、試し、かかわっているのです。
生きている子どもたちの現実感覚は、ものの現実感覚と重なります。生き生きとした現実感覚は、ふっと夢中になっている子どもを、すっぽりと包んでいるのです。
東京の図工室はそんな場所・・。それぞれの子どもが色やかたちを生み出しながら、自分と出会う場所なのです。
投稿者 zukodaisuki : 22:22
2008年08月17日
第12回 図工だいすき子ども美術展 ◆秋inこどもの城◆
テーマ 〈子どもと図工の物語〉
子どもは図工室でさまざまな物語をつむいでいます。作品に表された具体的な物語はもとより、題材と出会い、行為をしながら色やかたちにまみれ、遊び、悩み、イメージし、見つけ、考えるという自分自身の物語もつむいでいます。作品から読み取れるさまざまな子どもの姿、また作品には残らない、ありとあらゆる子どもの行為。それらを丸ごと、図工する大切な姿として展覧会で見せることはできないか?
さらに、この視点は子どもと作品を見つめる私たちの目を鍛え、今ここでつむぎだされている出来事を見取る力をつけていくのではないか?
図工室で、題材と子どもがつくりだすさまざまな物語の姿を、あるがままに受け止め、図工の姿として展示したい。その願いをもって「子どもと図工の物語」を展覧会のテーマに掲げます。
投稿者 zukodaisuki : 13:52
2007年07月31日
第11回 図工だいすき子ども美術展 テーマ
図工ってなに?
かんじる・おもう・みる・あそぶ わたし
今,子どもたちが小学校で学ぶ内容が,大きく見直されようとしています。教育の憲法と言われる教育基本法が,昨年末に改正されましたが,今年度中に,新しい学習指導要領が示される予定です。その大もとにあるものとは,いったい何でしょう?学校教育は,この国の未来を支える子どもたちにとって必要な力を等しくつけるための制度です。そこで問われている「学力」とは,どんなものなのでしょう?
私たちは,小学校の教科にある「図画工作」を教える教師として,子どもと毎日向き合っています。そして,図工の時間を通して,目の前の子どもたちにとって何が大切かを考え続けています。
そこで,今,あえて問いたいのです。「図工は,子どもに必要なものでしょうか?」「図工は,子どもの学びや育ちに大切なものでしょうか?」・・・
YES!「図工は,子どもの健全な成長のためにも,また,人として必要なことを学ぶためにも欠かせない内容を含んだ教科です。」・・・でも,そんな図工って,いったいどんなものなのでしょう?
小学校6年間の子どもの成長は,著しいものがあります。まさしく「子どもから大人へ」の階段を上るのが,小学生です。けれども,目に見える明らかな変化と同様に,ついつい点数のようなわかりやすい物差しではかれるものだけで子どもを見ようとしていませんか?
そんな偏った大人の見方とは関係なく,子どもは,小さな体で広い世界に向き合って全身の力を働かせながら,そこに潜む豊かさをいつも感じています。自分が見出した新たな意味や価値を,子どもは,図工の時間に様々な色や形で表わそうとします。「かんじる・おもう・みる・あそぶ」は,子どもの学びそのものです。そうやって,子どもは,楽しんで学びながら「わたし」をつくり出しているのです。
紙の上にある色や形やテクスチャーの向こう側に,そんな子どもの姿が見えてくるでしょうか?私たちは,「上手・下手」「似ている・似ていない」という価値観ではなく,全ての子どもたちにある豊かさを知ってほしいのです。もしかしたら,そこから教育や社会や私たちの生き方の「この先」が少しでも変わるかも知れないから。
図工って,いったい・・・

投稿者 zukodaisuki : 23:26
2006年09月07日
Look at me!(ルック アット ミー)
生まれて日の浅い乳児は自他の区別ができておらず、自分の身体を含めた周囲のものに触れたり、なめたりかじったりして自他の分化を図りながら成長していきます。それは、この世界にある豊かな意味合いを,直截的に身体で味わう行為であり、また、それは、すでに造形性の端緒とも言えます。
子どもは世界とそのようなかかわりをつみ重ね進化させ、自分をとりまく人々との関係性の中で「自分」を形成していきますが、けれども、その形成された「自分」が、必ずしも喜ばしいものであるとは限りません。
学校という教育装置に取り込まれ、やがて硬直化した制度に同化するように表情を失くしたり、そこに馴染めない身体や心が悲鳴を上げたりする子どもたちをこのところ私たちは、目にすることが多くなってきています。ともすれば、子どもにとって「自分」があることは苦痛であるかも知れないのです。
さらに、最近の教育の傾向として、大人は追い討ちをかけるように教育装置の一層の拡充を図ったり、それへの早期の適応を図ったりしています。少子化は、その流れを加速度的に進めそうです。
そのような中で小学校における「図工の時間」は、子どもたちを本来の柔軟な状態に戻し、子どもたちに“やわらかく・ゆったりとした・しなやかな”リズムを取り戻させることができる稀少な場となりつつあります。
今、私たちは、子どもが本来の「自分」に立ち返り、そこから生まれてくる色や形を通じて示すメッセージをありのままに受けとめ、そこに何かを感じることができるでしょうか?私たちは、子どもの「自分」以上に、たとえば、教育効果や効率などといった目先の価値観に目を曇らされた指導者(あるいは大人)としての「自分」を強く投影し過ぎていないでしょうか?
確かに、今ほど社会的に子どもがとり上げられ語られる時代もないかも知れません。けれども、そこには何か子どもを語る大切な視点が抜け落ちているように感じられてならないのです。
10回目を迎える今回、私たちは、この「図工だいすきこども美術展」がこの世に生れ落ちた瞬間に立ち返り、再度、触れたりなめたりかじったりして自他の分化を確かめながら本展の目指すところ、すなわち、造形を通じて子どもという希望の存在に気づくことができる大人を一人でも増やしていきたいと考えています。

投稿者 zukodaisuki : 00:16