2008年08月17日

第12回 図工だいすき子ども美術展 ◆秋inこどもの城◆

テーマ 〈子どもと図工の物語〉  


子どもは図工室でさまざまな物語をつむいでいます。作品に表された具体的な物語はもとより、題材と出会い、行為をしながら色やかたちにまみれ、遊び、悩み、イメージし、見つけ、考えるという自分自身の物語もつむいでいます。作品から読み取れるさまざまな子どもの姿、また作品には残らない、ありとあらゆる子どもの行為。それらを丸ごと、図工する大切な姿として展覧会で見せることはできないか?
さらに、この視点は子どもと作品を見つめる私たちの目を鍛え、今ここでつむぎだされている出来事を見取る力をつけていくのではないか?
図工室で、題材と子どもがつくりだすさまざまな物語の姿を、あるがままに受け止め、図工の姿として展示したい。その願いをもって「子どもと図工の物語」を展覧会のテーマに掲げます。

投稿者 zukodaisuki : 13:52

2007年07月31日

第11回 図工だいすき子ども美術展 テーマ

図工ってなに?
かんじる・おもう・みる・あそぶ わたし

今,子どもたちが小学校で学ぶ内容が,大きく見直されようとしています。教育の憲法と言われる教育基本法が,昨年末に改正されましたが,今年度中に,新しい学習指導要領が示される予定です。その大もとにあるものとは,いったい何でしょう?学校教育は,この国の未来を支える子どもたちにとって必要な力を等しくつけるための制度です。そこで問われている「学力」とは,どんなものなのでしょう?
私たちは,小学校の教科にある「図画工作」を教える教師として,子どもと毎日向き合っています。そして,図工の時間を通して,目の前の子どもたちにとって何が大切かを考え続けています。
そこで,今,あえて問いたいのです。「図工は,子どもに必要なものでしょうか?」「図工は,子どもの学びや育ちに大切なものでしょうか?」・・・
YES!「図工は,子どもの健全な成長のためにも,また,人として必要なことを学ぶためにも欠かせない内容を含んだ教科です。」・・・でも,そんな図工って,いったいどんなものなのでしょう?
小学校6年間の子どもの成長は,著しいものがあります。まさしく「子どもから大人へ」の階段を上るのが,小学生です。けれども,目に見える明らかな変化と同様に,ついつい点数のようなわかりやすい物差しではかれるものだけで子どもを見ようとしていませんか?
そんな偏った大人の見方とは関係なく,子どもは,小さな体で広い世界に向き合って全身の力を働かせながら,そこに潜む豊かさをいつも感じています。自分が見出した新たな意味や価値を,子どもは,図工の時間に様々な色や形で表わそうとします。「かんじる・おもう・みる・あそぶ」は,子どもの学びそのものです。そうやって,子どもは,楽しんで学びながら「わたし」をつくり出しているのです。
紙の上にある色や形やテクスチャーの向こう側に,そんな子どもの姿が見えてくるでしょうか?私たちは,「上手・下手」「似ている・似ていない」という価値観ではなく,全ての子どもたちにある豊かさを知ってほしいのです。もしかしたら,そこから教育や社会や私たちの生き方の「この先」が少しでも変わるかも知れないから。
図工って,いったい・・・

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投稿者 zukodaisuki : 23:26

2006年09月07日

Look at me!(ルック アット ミー)

 生まれて日の浅い乳児は自他の区別ができておらず、自分の身体を含めた周囲のものに触れたり、なめたりかじったりして自他の分化を図りながら成長していきます。それは、この世界にある豊かな意味合いを,直截的に身体で味わう行為であり、また、それは、すでに造形性の端緒とも言えます。

 子どもは世界とそのようなかかわりをつみ重ね進化させ、自分をとりまく人々との関係性の中で「自分」を形成していきますが、けれども、その形成された「自分」が、必ずしも喜ばしいものであるとは限りません。
 学校という教育装置に取り込まれ、やがて硬直化した制度に同化するように表情を失くしたり、そこに馴染めない身体や心が悲鳴を上げたりする子どもたちをこのところ私たちは、目にすることが多くなってきています。ともすれば、子どもにとって「自分」があることは苦痛であるかも知れないのです。
さらに、最近の教育の傾向として、大人は追い討ちをかけるように教育装置の一層の拡充を図ったり、それへの早期の適応を図ったりしています。少子化は、その流れを加速度的に進めそうです。

 そのような中で小学校における「図工の時間」は、子どもたちを本来の柔軟な状態に戻し、子どもたちに“やわらかく・ゆったりとした・しなやかな”リズムを取り戻させることができる稀少な場となりつつあります。
 今、私たちは、子どもが本来の「自分」に立ち返り、そこから生まれてくる色や形を通じて示すメッセージをありのままに受けとめ、そこに何かを感じることができるでしょうか?私たちは、子どもの「自分」以上に、たとえば、教育効果や効率などといった目先の価値観に目を曇らされた指導者(あるいは大人)としての「自分」を強く投影し過ぎていないでしょうか?
確かに、今ほど社会的に子どもがとり上げられ語られる時代もないかも知れません。けれども、そこには何か子どもを語る大切な視点が抜け落ちているように感じられてならないのです。

 10回目を迎える今回、私たちは、この「図工だいすきこども美術展」がこの世に生れ落ちた瞬間に立ち返り、再度、触れたりなめたりかじったりして自他の分化を確かめながら本展の目指すところ、すなわち、造形を通じて子どもという希望の存在に気づくことができる大人を一人でも増やしていきたいと考えています。

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投稿者 zukodaisuki : 00:16