2006年09月24日

ワークショップ

スズムシ日記 2006年9月23日 ワークショップ

 会期中、毎週土曜日午後1時から3時まで、展示会場のフロアでワー
クショップを実施している。
 今回は、杉の間伐材を活用した集積材を経木のように薄くしたものを
使って、おもいついたものをつくるワークショップである。長さはおよ
そ180cm.扱う前に霧吹きで水分を含ませている。乾燥しているた
め、パリッと割れやすいのだが、水分を含ませるとしなやかになって、
扱い易くなる。はさみでも簡単に切れるし、ホッチキスで簡単に接合で
きる。無作為にひねりながらオブジェのようなものを作る子や、あらか
じめ作るものを思いついて、作る子など様々で面白い。親子一緒に作っ
ている姿がとてもいい。
中には、お父さんとお母さんと子どもの三人で編んでカゴを作ろうと奮
闘している家族もいる。昨日来たのだけれど、明日やると分かって、今
日来ましたと、二日連続で訪れる母子もいる。
扁平なまるでかんぴょうのような素材が形をなし、立体的になっていく
不思議と、試行錯誤して考えをふくらませていくよい素材だと思った。

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投稿者 zukodaisuki : 22:15

2006年09月21日

母子像

母子像 2006年9月18日
このごろ、母親と赤子の対称関係を観察しようと思うようになった。
今日びっくりした。乳母車を押しながら、携帯をしているかあさんがいた。もう、こどもはそっちのけ。
こどもに目をやるとうつろにぼんやりしている。何かをみつめるでもなく。
昨日こどもの城の帰りにバスにのっていると、停留所から母親と父親と赤子がのってきた。
父親は折り畳み式の乳母車を気にして、出口近くの席に座っている。母親は私の前の席。だっこしている赤ちゃんが母さんの膝の上に足をのせて、踏ん張っている。屈伸運動だ。早く大きくなるための運動だろう。足を伸ばしたとき、母さんの胸の向こうの背中越しに私を発見した。チャオと無言で口を動かすとにっこりする。赤子に見つめられ、狼狽えてしまう。それもじーっと見つめている。もう、私の方が耐えられなくなる。仕方がないので、手を振ってあげるともっと喜んでいる。それに気がついた母さんはしっかと我が子を抱きすくめる。危険を感じたのだろうか。
母とこどものだっこの関係は二つあると思う。母の胸のふくよかな膨らみと膝がゆりかごのようになって、赤子の胸がぴったりと合っている場合。この場合は同化ともいえる一体化した状態。それから、母の胸と赤子の背中がくっついている場合。その時、赤子は母と同じ目線になっている。世界認識が同じ。視線の先の事物の感応して、我が子が指さしをしたり、うまうまなどの指示語を喋り始めたときに、それを受け止め、ぶーぶーだね。とか、わんわん可愛いね。など、こどもの視線を追わなくても視線を感じ取る母の包容と同化の感情がここには存在する。
前者より後者の方が二人の対称的な関係が一歩前進したことは間違いがない。浜田寿美男の「わたしというものの成り立ち」を是非読んで欲しい。私に最初に浜田を教えてくれたのは元文部省の西野範夫氏だった。
 もうひとつ、こどもの城で素敵な家族に出合った。おばあさんとおとうさんとおかあさんと男の子と女の子。ワークショップで杉のかんぴょうみたいな薄い板で何かを作ろうというもの。お兄さんも妹ももう、夢中で作っている。1時間も経過したのに、おばあさんもおとうさんもおかあさんもじっとにこにこだまって待っている。二つ目を作り出したときには、さすがにとうさんはちょっと声を出しそうになった。もうやめとね。でも、ぐっと飲み込んだ。言葉を。こどもの時間に合わせられるそんな家族がちゃんといることに幸せを感じだ。希望はあるとね。その家族は国立からいらっした。お兄さんの絵が出品されていた。たった1枚の絵が家族のきずなになっている。たった1枚でも絵は素敵な力を発揮する。

投稿者 zukodaisuki : 00:48

2006年09月20日

ラオスの子どもたちの作品

スズムシ日記  ラオスの子どもたちの作品を29点 展示 2006.9.20

第10回展を記念し、あわせて、テーマ「Look at Me」の趣旨にもあわせて、子どもの表現は地球規模で共通するものをもっていることを、実際の展示を通して証明したいと思います。
今回、ラオスの子どもたちの作品が展示できたのは、まさに、奇跡的なことでした。
まず、私の弟に「裕哉君は昔ラオスで学校建築に携わったよね。裕哉くん(明大建築科卒業)にラオスの子どもたちの絵が集められないか聞いてくれないかな。」と、墓参りの帰りに頼んだのでした。その時、なんと、裕哉くんが再びラオスに出かける話があるのだということが分かりました。国際ボランテイアとして、学校建築に携わったその経過を関西の大学教授と共著の形で本にすることになったのだそうです。その後の学校や現地の様子を取材しドキュメントを作成するというのです。
学校建築のあと、何年かの滞在ののち、彼はラオスから離れてタイで日本人学校の教師になり、現在ではタイ・ホンダで働いています。現地の言葉が喋れることから、タイの人びととのコミュニケーションの役割を担っているようです。
さて、裕哉くんは、日本にあるNGO(日本民際交流センター ⇨ ラオスの子どもたちの奨学を行っている。個人の寄付金10000円で一人の子どもが学校に通える)に話を持ち込みました。(裕哉くんはこのNGOの活動を日本で既に展開し、多摩市の母校にラオスの子どもたちを招待しています)
すると、なんと、偶然ですが、民際の高橋さんが今夏ラオスに仕事で出かけることになっていたのです。
そして、裕哉くんが学校を建てたパクトン学校にわざわざ出向いてくれることになったのです。
高橋さんは、絵を29枚持って帰ってくれました。国内事情が必ずしもよいラオスではありませんから、今回のラオスの児童作品が手に入れることができたのは、まったくの奇跡です。

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ラオスの子どもたちの絵をみていると、やさしい、穏やかな気持ちになります。絵の題材も自然が多いのですが、森に囲まれ、大きな川が流れ、田んぼで稲を育て、にわとりを飼うなど、私の子ども時代の田舎を思い出します。子どもたちは決して豊かではないけれど、自然の中で育っていて、精いっぱい向上しようとしていることが分かります。画用紙も絵具も貴重なもので、絵具でなく、色鉛筆で描かれています。
色鉛筆も何かカサカサした油脂分の少ないもののようです。もっと、力を出したい子どももいるはずですが、描画材の制約はいかんともしがたいものがあります。
それでも、色鮮やかにしたくて、ごしごし、力を込めて、発色を強くしようとしている子どもの絵があります。それも、決して投げやりではありません。最後の最後まで誠実に塗りこめようとしています。
ラオスの子どもも絵を描くのがすきなことが分かります。
是非、この機会に、貴重なラオスの作品を見に来てください。

なお、会場には民際のボランテイア活動の一環として、書き損じのはがきを回収するためのボックスが設置されています。会場にお越しの際に、持参いただけると有り難いと思います。そのはがきも売却して、奨学に役立てられます。

日本民際交流センターは以下の場所にあります。お尋ねのことがありましたら、ご連絡ください。
東京児童幼画堂代表 鈴石弘之
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
日本民際交流センター
広報 高橋厚子 atsuko@minsai.org
TEL: 03-5292-3260  FAX: 03-5292-3510
http://www.minsai.org/
〒162-0041 東京都新宿区早稲田鶴巻町518 司ビル301

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投稿者 zukodaisuki : 23:54

2006年09月15日

みあげる

スズムシ日記  見上げること 2006.9.15

 子ども展が始まった。ちょくちょく顔を出している。なにせ、現役を終えたので時間がある。もてあましているというのではないが、平日の様子が知りたくてというところ。今日は午後1時過ぎに会場に到着した。閑散としている。たまに、女学生が立ち寄ってくれる。中には壮年の男性が1点1点しっかり見てくださっている。その感想はどのようなものなのだろう。聞いてみたいのだが勇気がない。気が小さいのだ。
それからしばらくして、小学校低学年の一行が造形スタジオや音楽スタジオから帰っていく。玄関ホールでもうくたびれて、寝っころがっている。先生は気丈にバデーを連呼する。
 付添の校長先生らしい方に子ども展もやっていますので、よかったらと声を掛けると、もう時間ですからとやんわり断られた。子ども展の看板さえ眼に入らないらしい。くそと内言する。
 そうそう、いつものことだけど、幼いこどもは、もう有名になった(私たちだけか)アーチのあちこちに飾ってある発砲スチロール(布田小学校の時任先生の指導した作品。アーチも時任作)でできた可愛いお人形がちゃんと眼に入って、近づいてくる。決まって、若い母親はだめだめとせっかくアーチから中に入りそうになるのに静止して、造形スタジオのある3Fの受付に行ってしまう。もうくそと内言する。
 私も、よちよち歩きのこどものように床にはいつくばってみた。すると巨大な白っぽいアーチはむくむくと盛り上がる入道雲のように見える。生き物のようにも見える。きっと、幼子もそのような巨大なものにへばりつく人形がまるで自分の分身のように見えるのに違いないと思った。
 そういえば、アトリウムギャラリーの入り口の上が大きな窓ガラスになっていて、私たちの展覧会の緑のパネルが丸見えで殺風景なので、鷲尾先生が急きょ、私のところに長い長い絵があるので、そこに飾りましょうと提案してくれたので、飾り付けが終わった次の日の日曜日、造形事業部の有福さんと横内先生がその窓に長い絵を飾っていると(そこは2階の高さ)、子どもたちは何が始まっているのかと、ちゃんと見上げている。私は三脚を押さえているだけなので、手で合図を送る。大人はだれも見ない。大人は目的地にむかって一目散。ここがこどもの城の入り口、やっと到着。さあ、早く入って、入場券を買わなくちゃと、目標が定まっている。だから、当然見えない。このごろは、歩きながら携帯をかけているお姉さんがいるが、その方々はもっと見えない。携帯の先の人は見えるけれど……。自転車に乗りながら携帯をかけているおにいさんもいる。世界はたったふたりのためにある。耳だけの聴覚世界。それも電磁波によって変形された声。本物と思っている。
 大人はもう見上げることを忘れたのだろう。見下すことしかできない(横内先生が言ったことば)こどもや弱い人や戦前の朝鮮の人たちなどなど。
こどもは見上げることができる。上を向いて歩こう。見上げてご覧といったのは永六輔。歌ったのは坂本九。いまだ、未来があってのことだったのだろう。
 だっこやおんぶ、たかぐるま、なつかしい風景もなくなった。幼子の育て方が分からず、いらついて飢えさせて殺してしまうかあさんが登場し、かあさんをころしてしまう中学生が登場し、もう、もう、と切なくなる。
 養老さんの農村下法もいいけれど、母親教育を義務教育にしたらどうだろうか。国家予算を投じて。あべくん。うつくしい日本がうまれるかも知れないよ。あべくんがだめなら、おざわくんどうかな。

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投稿者 zukodaisuki : 08:07

2006年09月11日

すずむし日記 2006.9.5

5月に小笠原小学校に1週間通って、滝澤先生の授業の補助や指導案の検討などまじめに取組んだ。滝澤先生がつくてくれた綽名がマッコウクジラ。オデコガやたらに大きなやつ。脳みそがいっぱい詰まっている感じ?眼がいかにも細くてやさしげではある。だから悪い気はしない。
くじらってなんだ。丘から海に里帰りしたほ乳類。なんで海に帰っていったんだ。丘の爬虫類に追い立てられたのか。だから細い眼は悲しい過去の隠喩としてもあるのか。
イメージシンボル事典を繙いてみよう。なんと多義的なシンボルであることが分かってとても面白い。披露してみよう。
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1キリストを表す:ヨナの話(ヨナは3日3晩大魚の腹にいたが、人の子は3日3晩地の中にいる。「マタイ」12,40から、クジラは、キリストとその復活に関連する。
○クジラは、その甘い芳しい息で餌食をひきよせる。⇨leopard panther
○悪魔を表す:クジラは他にも悪い点が多いが、ずるさが特徴で、難破した船の乗組員たちは、クジラの背中を島と思うが、クジラは水中に潜って彼らを溺死させる。知性がなく、力だけで、苛酷な自然の力を表す。
2海と世界を表す。
○スペンサーの『仙海女王』においては、クジラは「肩で水を切って泳ぐ」。イルカと同じく、クジラも大洋を意味するために、地図に描かれる。
○生命の船、神秘のマンドルラMystic Mandorla(天と地を表すアーモンド形の光背が交差しているもの)を表す。
3地獄を表す:中世では、クジラの口は地獄の門を、その腹は地獄の領域を表した。
4包容のシンボル
○魂を容れる肉体を表す。
○肉体を容れる墓を表す。
5色欲を表す:I knew the young count to be a dangerous and lascivious boy, who is whale to virginity, and devours up all the fry it finds. その青年伯爵は危険な淫乱な若者で、処女にとってクジラのごときものであり、目につく稚魚を残らず食ってしまうからです(『終わりよければすべてよし』4,3)⇨9
6どん欲を表す:I can compare our rich misers to nothing so fitly as to a whale: a’play
and tumbles, driving the poor fry before him, and at last devours them all at a mouthful.
ごっそり貯め込んだ大けちの旦那なんざ、さしずめクジラというとこかな。おもしろ半分、どたばた、小魚を追い回し、とどのつまりはひと口でぱくり(『ペルクリーズ』2,1)
7《聖書》欽定訳の中で一番はじめに出てくる動物(『創世記』1,21)。他の聖書では、「海の怪物」と訳されている。
8《文学》
○ブレークでは、クジラは水の領域と物質界の王である:In the south-sea, drinking
my soul away. 南の海で、私の魂を飲み込んで。
○ D.トマスでは、その形が巨大な男根を表すことから、性的情熱の海の王を表す。また、恋敵の象徴でもある。
9《民間伝承》大きな魚が海面から飛び出ると嵐の前兆である:Sea-Giant whales
The watery mountains darted at the sky. 大きな波を巨鯨が空にはねあげた(チャップマン『ユージニア』
10⇨Leviathan

こんなにも多様な意味をもったクジラ。神話の時代から巨大ないきものは漁を生業にしていた沿岸の新生人類にとって、彼岸からの使者だったのだろう。
中沢新一の近著『芸術人類学』にも、アイヌのユーカラに登場するクジラの神話が紹介されている。ピノキオはクジラに飲み込まれてしまったのではなかったか。すると、包容のシンボルとして、また母親の胎内にいた羊水時代のこの世に生存するまえの無意識の世界がイメージされる。すると、ピノキオの説話もまた、面々と神話時代から引き継がれてきた流動的知性(中沢新一)からの贈り物なのかもしれない。

投稿者 zukodaisuki : 22:32

2005年10月20日

スズムシ日記 (10月14日)

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 四谷第四小学校にアーティストの開発好明氏がやってきた。多摩美校友会主催の出前アートのプロジェクトに、四谷第四小学校が選ばれた。

 昨年の夏に遡りますが、仙台でトントンギコギコの上映会があり、私は、上映会の後のシンポジウムにシンポジストとして呼ばれて、参加した。その後の交流会で、偶然、多摩美校友会の方が参加しており、やあやあとなったのである。それで、出前アートの話が出て、是非四谷第四でやらせてください。となったのである。ちなみに仙台行きは例の和泉わくプロジェクトの村上隆氏から誘いがあってのことでした。今年も夏の実技研修会に呼ばれて講師をやりましたよ。ですから、仙台の先生方とはなかよしになりました。これが、出前アートを四四でやることになった経緯です。

 さて、開発さんの出前アートの主題は「飛ばないタコ」です。空には飛ばないものは何だろうと呼びかけ、舟とか自動車とか、様々なイメージを想起させてそれを、できるだけ軽い素材で短時間で作り上げ、風船をくくりつけて空高く揚げようというものです。事前に私が少々挑発したものですから、ばかでかいものを作った子どもも出現して、いくら風船をくくりつけても、浮かばない作品も出現することになりました。それでも、青空にふわりと飛び上がったタコはとても楽しいもので、みんな喜びの顔をしていました。その日のうちに家にもって帰ることになったのですが、大量の風船をくくりつけたままでは危険だというので、大半の子どもの風船は学校に留め置かれました。でも、どうしてももって帰りたいという女の子は、母親に学校に来てもらって、保護者同伴で大事そうにもって帰ったのでした。図工専科がいるなかで、専門家がやってきて図工をするのにはどんな意味があるのかと素朴な疑問もありましょうが、子どもにとっては新たな大人との出会いがあり、その新たな大人との交流によって、大人への概念の幅を広げることになるように思います。一人でもたとえば、開発さんのような芸術家になりたいなといった憧れをもってくれれば、この試みも成功だと言えるでしょう。

詳しくは、美術手帖にのる予定なので、ご期待ください。

投稿者 zukodaisuki : 12:50 | コメント (0)

2005年09月15日

スズムシ日記(9月15日)

IMG_4415.jpg東京児童幼画堂代表 鈴石弘之

 猛暑の夏が終わったのに、未だ厚さが続いている。四谷第四小学校は普通教室が冷房になって、中休みに、校庭で汗みどろになって遊ぶ子どもがめっきり減ってしまった。しかし、図工室にはクーラーは設置されない。たぶん、図工は確かな学力とは無縁だから必要ないのだろうと、ひねくれている。
2学期になって、図工室にやってくる子どもたちは90分制作して、汗みどろになっているが、ちっとも不平を言わない。暑さを忘れているかのようにも見える。途中で水分不足になって生ぬるい水道水をがぶがぶ飲んでいる。
 今日も子どものいなくなった図工室に、喧噪の跡形として机に絵の具がへばりついているし、手がけた「二つの顔」が廊下に展示され静かにお休みになっている。しかし、真夜中には、息を吹き返し、制作途中の子どもたちの内言を声高にするのかも知れない。
 今日の午前中、併設されている幼稚園の年少組の子どもたち9名にどろ遊びを指導した。
テラコッタ粘土を乾燥させておいたものに、水を入れ、ヘドロ状になったねんどをお盆にのせて、洗濯糊を混入して、こねこねして、ダンボールの空き箱を解体したものにフィーンガーペイントをした。気持ち悪いと最後まで言っていた女の子。早く手を洗いたいと言う男の子を除いてみんな全身でダンボールに粘土を擦り付けていた。そのうち、足をつけてもいいと言う女の子が現れた。しめたである。いいよと促すと、伝染してみんなが足に粘土をつけてダンボールの上を歩き回っている。いつまでも止まることなくぐるぐる回っている。ダンボールめぐりの巡礼のようだ。早く手を洗いたいと言っていた子もみんなの様子に刺激されておそるおそる足に粘土をつけて見る。そしてみんなと一緒に歩き出す。そして、感触に慣れたとき、彼はついに嬉しそうな顔をした。その瞬間に出会えて、良かったと思う。4才児の彼等は、きっとその感触を心の地層に積み上げるだろうと思う。
 幼稚園主任が、言っていた。「近頃は後始末が大変だから、こんな活動は滅多にしなくなりました。」と……。
 

投稿者 zukodaisuki : 19:25 | コメント (0)