図工だいすき子ども美術展2008 12th http://www.zukodaisuki.com/blog/ 図工だいすき子ども美術展のWEBサイトです。 ja 2009-01-04T07:47:13+09:00 「 王様の部屋 」 4年生  http://www.zukodaisuki.com/blog/archives/2009/01/post_194.html 王様ってどんな人?
どんな服を着て、どんな部屋に住んでいるのかな?王様って・・・???
自分がイメージした王様を紙粘土でつくります。
王様のイスをつくり、王様のが住んでいる部屋をつくります。

子どもがイメージする王様は、偉い人、豊かな生活を送っている・・・・等など。
思いをふくらませ楽しみながらつくる様子が伺えました。

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多摩市立南鶴牧小学校 横道 広樹

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私の授業実践 zukodaisuki 2009-01-04T07:47:13+09:00
「第12回 図工だいすき子ども美術展 反省会が行われました。」 http://www.zukodaisuki.com/blog/archives/2008/12/12.html  冬休み間近の12月18日(木)、こどもの城 造形スタジオにて図工だいすき子ども
美術展の
反省会が行われました。次年度に向けて、展示、企画、ワークショップ、フォーラ
ム、
ギャラリートークなどの反省点、改善点を話し合いました。
 また、今年から「秋展」「冬展」と2会場、2期間で解される新しい試みも
あり、様々な視点からさらにパワーアップを目指して取り組むことが確認されまし
た。
 27日(土)からは、CCAAにて「冬展」が開催されます。
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会期後の行事 zukodaisuki 2008-12-29T15:02:18+09:00
「ファロの家」 http://www.zukodaisuki.com/blog/archives/2008/12/post_193.html 新宿区四谷第四小学校とCCAAアートプラザスズムシの仕事
                      鈴石 弘之

スズムシは現在、月1回、ファロのみなさんといっしょに図工をたのしんでいます。
平和な生活を送っている子どもたちばかりではない。家庭や学校での様々な出来事に心を痛め、そして深層にそれらの痛みを堆く積み上げている。口にもだせない、そんな痛みは絵を通して、露になる。それを昇華と呼ぼう。そんな痛みは絵を描くことでやわらげられる。そして、また、生きようと思う。
ファロは、精神障害者小規模通所授産施設です。CCAAに見学に見えて、それから、おつき合いが始まりました。どうですか。図工をやりませんかと。それから、月1回のペースで、彼等はやってきます。純粋で心の綺麗な彼等の造形は、ぼくをハッとさせてくれます。ワーズ・ワースにならえば、ファロの人たちは大人の父親です。
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鈴石 弘之(元新宿区四谷第四小) zukodaisuki 2008-12-29T14:37:00+09:00
図工だいすき子ども美術展・冬展まで http://www.zukodaisuki.com/blog/archives/2008/12/post_192.html  1998年12月19日。これは私のひとつの願いが実現した日です。場所は六本木にあるストライプハウス美術館。ここで、5日間にわたって、第1回図工だいすき子ども美術展が開催されたのです。
 美術展は、同美術館の館長塚原 操氏のご好意と、僕達の美術展開催の趣旨への賛同があって実現したものでした。その趣旨ですが、次のようなものでした。「図画工作・美術教育の授業時数が削減されるかもしれない。こういった教育状況を社会にアピールし、図画工作・美術教育の授業を充実させたい。そのためには、現場で実践されている子どもたちの作品を展示し、子どもたちの表現の喜びを伝えることが一番大切である」このような趣旨に賛同して集結したのは、任意団体「東京児童幼画堂」のメンバー6名の図工専科教師でした。
 2000年7月15日から9月24日まで、約2ヶ月にわたって、「ともだち」展が開催されました。場所は渋谷・松濤にあるギャラリーTOM。館長の村山治江氏の、これまた、僕達の趣旨に対する賛同から生まれたものでした。都立盲学校の子どもたちと健常児たちとのコラボレーションは全く新しい試みでした。
同年、ストライプハウス美術館が閉館されるとの情報が入りました。現代アートを専門とする私設のギャラリーの経営状態の悪化が原因でした。継続を希望していた僕達は途方にくれました。そこに救いの手を差し伸べてくくれたのは、児童育成協会こどもの城の造形スタジオ課長だった岩崎 清氏でした。造形スタジオと共催で、こどもの城にあるアトリウムギャラリーで美術展を開催しようというのです。小躍りしたものです。東京児童幼画堂の同人を増員して、第5回図工だいすき子ども美術展が2001年9月11日から10月7日まで、約1ヶ月にわたって開催されたのです。
 以来、2008年までこどもの城で8回にわたって開催してきました。この間、2007年には東京児童幼画堂を発展的に解消し、NPO市民の芸術活動推進委員会(CCAA)が成立しました。従って、第12回展はCCAAの主催となっています。
 2008年12月27日より2009年1月10日まで、こどもの城アトリウムギャラリーでの開催とは別に、CCAAの活動拠点である四谷ひろばアートプラザで新たに冬展を開催することになりました。こどもの城での展覧会は若手の先生方を多く登用して、研修研鑽の場とする。冬展は中堅以降の図工教育のリーダーによる場と棲み分けることにしました。
 冬展では、それぞれのキャラクターが浮かび上がるはずです。そして、展覧会中には、若手教師に向けた講座やワークショップなど若手教師育成のための機会を提供しようといています。昨今、団塊の世代の大量退職により、図画工作教育の現場は若手教員が大量に採用されています。毎日の授業に四苦八苦のことだと推測されます。それらの先生への教材提供や教授法などについての研鑽の場としても機能していきたいと思います。
復刻第8回展テーマ 「ラブ&ピース」(抜粋)
20世紀の中程に生を受けた私たちは、21世紀を希望として思い描いていました。図工の時間には未来都市を描いていましたし、テレビジョンでは黒部峡谷のダム建設のドキュメントなど列島改造を希望として垂れ流していました。しかし、21世紀はそのようなバラ色にはなりませんでした。9・11は、パンドラの箱をひっくり返してしまいました。子どもをめぐる様々な悲惨が世界規模で繰り返されてもいます。子どもは、そんな世界を鏡のような豊かな感受力で直感的に受けとめ、表現し、大人に警告を発する存在でもあります。
世界はこのようですが、しかし、それでも、日々生まれてくる子どもは大人の希望であるべきです。そして、また、自ら成長しようと欲求し、希望を抱くのも子ども自身です。ですから、子どもの希望が世界を動かしてきた原動力であったとも言えます。
 
ワーズ・ワースの詩「虹」を繙いてみます。
私の心は躍る、大空に虹がかかるのを見たとき。幼い頃がそうだった。大人になった今もそうなのだ。年老いた時もそうでありたい。でなければ、生きている意味はない!子どもは大人の父親なのだ。願わくば、私のこれからの一日一日が、自然への畏敬の念で貫かれんことを。


 感受性において、既に子どもは大人より優れている。だから、子どもは大人の父親のような存在であり、忘却の彼方に喪失してしまった感受の力を取り戻したいと言うのです。このような子どもの存在はいかにもロマンチックではあります。しかし、そのような優れた感受力によって、世界を認識したとき、全ての子どもたちが創造者としてあるわけではありません。停滞したり、NONといって拒否したりする破壊者という存在でもあります。そんな子どもたちに正対し、内実を汲み取る努力こそ、私たち大人(美術教師)に科せられた愛であるべきでしょう。教師の真の権威は愛であると言ったのは、ホーマー・レインでした。それは、鞭を使って恐怖のうちに権威を保っていたアメリカの教師を批判して述べたことですが、日本の場合でも、教師の権威は依然として旧態のままであるとさえ思っています。
 愛にまつわるささやかな出来事をここで述べてみましょう。愛の欠乏について。象を描いたのは2年生のK君。K君はこのごろ、ぐずぐずして母を困らせています。その日も、母はようようの思いで学校まで手をつないで連れてきました。玄関でひきがえるのように仰向けに寝転がって、教室へ誘う母を困らせます。K君に「ひきがえるみたいだな」と呼びかけました。くすぐり作戦を取ると、クスクスと笑ったその直後にメソメソ泣き出します。あわてて、僕も寝そべって、耳元で「図工室に来ない。何か作ってみない?」と囁きます。表情の変化を見届けましたから、図工室に連れて行きました。準備室に誘うと母の存在を確認しながら、椅子に座りました。母に退却するよう信号を送りました。それから、メモ用紙のような粗末な紙を与えると、小さなものを幾つも描き始めました。その途中で描いたのが象です。
まどみちおの詩にぞうさんがあります。
ぞうさん ぞうさん おはながながいのね 
そうよ かあさんも ながいのよ
そうさん ぞうさん だあれがすきなの 
あのね かあさんが すきなのよ
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K君もきっと母が大好きで独占したいのです。しかし、家庭の複雑な事情がそれを許しません。ですから、その感情が象の化身となって現れたのです。こんな事実がなければ、見逃す普通の絵ですが、象は鼻から冷や水をはき出しています。それは、きっとK君が浴びてもいる冷たい水(母の行い)でもあるはずです。

愛と平和は特段のイデオロギーでも何でもありません。普段の暮らしのことです。ベンヤミンはその著作の中で子どものことを語っています。勿論、ナチズムの悲惨が根底にあってのことですが、母子の関係について次のように語っているのは象徴的です。
母が子どもにしてやれること。それは髪を梳ってあげること。
抱きしめてあげること。
子どもが母にしてあげること。それはダダをこねること。
ユダヤ人であったベンヤミンはナチに追われ、アルプスの山中で自らの命を絶ってしまいました。平和と隔絶した世界に絶望してのことです。ベンヤミンとK君は生というところで同一の領域にいるように思うのは大げさでしょうか。     2008年12月1日 記:鈴石
               

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冬展 zukodaisuki 2008-12-29T14:31:47+09:00
なんだかよくわからないままに28年が過ぎてしまった http://www.zukodaisuki.com/blog/archives/2008/12/28.html 辻 政博(文京区立誠之小学校)
1「曳舟小学校時代」

 墨田区の曳舟小学校に新任で着任した。下町のごちゃごちゃした地域で、子どもたちはたいへん元気で素朴だった。新卒のなんもわからんぼくは、6年間そこで過ごした。「教育」も「子ども」もよくわからなかった。が、図工部の先輩方がよかったな。見よう見まねで授業をおこなった。
 写真1は、5年生のちっちゃな女の子の絵。和紙に絵の具を塗って、水で洗って、割りばしペンで、墨で描いたもの。ほんとは「サーカス」がテーマだったけど、この子の作品はぜんぜん関係ないものを描いてる。というより、この子は全然活力がなく、静かににこにこ笑っている子だった。濡れた紙に割りばしペンの先っぽが触れるたびに、すうっと墨が染みていく。左の木の当たりは点々がいっぱいある。紙に吸い込まれていく感じに促されて、イメージが誘発されたにみたいだ。右側にはネコちゃんも登場している。なんともたどたどしい線描で、なんともさびしい感じがするのだが、小さなひ弱な手がたどった軌跡が、そこにその子の世界をつくりだしていると感じた。この子の絵は、ぐさりとぼくの胸に突き刺さった。
写真1
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2、「北ノ台小学校時代」
写真2
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型紙つくって、ローラーでころころして「ひみつのめいろ」(写真2)ってことで、やりはじめたんだけど、1年生のS君は宇宙人だから、覚えたての「ひらがな」を使いたくて、使いたくてしかたなかったんだな。「あのね、ずこうだからね、絵をかくといいんだけどね・・・」と言いたかったけど、言えなかったな。あんまり楽しそうだったから・・・。子どもには「絵」も「字」も関係ないんだってことをS君に教えてもらった。
「図工で遊んでばかりいてどうなるの」という声が、真面目な先生たちから聞こえてきたが、ほんと、どうなるんだろと思っていたら、6年生のYさんは、上野動物園の全校写生会で、写真3の動物の絵を描いた。
写真3
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「こりゃ、すごい」。たんなる描写ではなくて、精神性まで感じさせる作品となっている、とぼくは感じた。高学年になると普通、やる気なくなっちゃうんだけど、「よく遊んでたからこんなのができたんだ」とぼくはその時直感した。北ノ台では、1年から6年まで図工をもっていた。

3、「上板橋第二小学校時代」
写真4
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写真4は、「鳥の巣たまご」という題材。3年生。
「木の上に鳥の巣がありました。たまごもたくさんありました。そこに、ねこちゃんが・・・」という話の続きを描いたんだけど、ぼくは、いたずらっこが多かったので、たまごやヒナが食べられちゃったらどうしようかと思ったんだけど・・・そんな残酷な思い過ごしは、ぼくだけで、全員、実にかわいらしい作品となった。ほんと3年生は、かわいいなあ。子どもは「やさしい生きもの」だと実感した。だから、大人は、子どものやさしさにつけこんではいけない。3年生は、精神的な分岐点。3年生までの経験がその後に反映する。世のかあさん、父ちゃん、先生は、一生懸命かわいがりましょう。

 それから、上二時代は、都図研の理事長を2年間やった。このぼくがです。まだ、悠長な時代であったと言えましょう。でも、「予想」が足りなかったと今は思います。社会性が足りなかったのですね。いまでもそうですが、図工の先生は、アナーキーな側面を深く抱え込んでいます。それが、いいところでもあり、且つ、弱いところでもあります。


4、「千寿小学校時代」
写真5
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写真5は、墨で描いたふくろう。段ボールの中に、はく製を入れて起きて、小さな窓を空け、ふくろうが入っているとは知らせずに、のぞきこませる。子どもは「ぎゃ~」。それから、みたり、みなかったりしながら、自分のイメージで描いていく。
 こころのなかに、少しでも食い込むと、こんないい感じの表現になる。Nちゃんは、普段の教室の様子とはまったく異なる堂々としたふくろうを描きあげた。その気になるとすごいものだ。

・・・と、このように作品についてひとつひとつ想起していると、だらだらと永遠に文章を書き連ねることになってしまう。
 最近は、ぼくでも、時々、エラソーなことを言うこともあるけど、ホントは、子どもの前に立つとそんなことは、ぶっ飛んでしまう。どんなことが、次の瞬間に起きるのかは、永遠に謎なのだ。子どもの前に立つとは、そんな瞬間の連続なのである。また、その場では、無限の出来事が起きていて、そのなかのほんの一部分が、みえてくるだけなのだ。
 「図工だいすき子ども美術展~冬展~」という企画に参加して、今までを振り返る機会をもったのであるが、みえてきたのは、「なんだかよくわからないままに28年が過ぎてしまった」ということだった。

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辻 政博(文京区誠之小) zukodaisuki 2008-12-29T14:12:36+09:00
西戸山小学校 加藤 啓 http://www.zukodaisuki.com/blog/archives/2008/12/post_191.html 絵という航跡あるいは踊るギニョール

「世界一周大航海」、子どもは航海地図を描く。そして、船が辿る物語の一場面を描く。
 海に描かれる航跡のイメージが、画面をさまよい、あるいは走るように辿る筆跡のイメージに重なる。それは
私のイルージョン。これから語ることはそんなイルージョンに似たモノローグとして捉えてください。

〈作品とは何?〉 私は、子どもが自分に出会い、自分の「生の物語」を語る装置として「作品」をとらえたい。
 記憶の場面の中にいる自分を語る、木に投影される自分を綴る。鏡の中に映る自分らしきものを紡ぐ。遊びの
ようなパフォーマンスの中から生まれるイメージの発見、出会いの場として、出来事の痕跡が残る場として「作
品」をとらえる。

〈生の物語〉 出来事、それは「いま」と「ここ」だが、それはかって言葉や像になれずに抑えこまれ、隠されたものたちがあらわれる「いま、ここ」である。
 絵を描くこと、それは自分(一つの生の物語)を書き替えていくこと。語られずバラバラになって、底にわだ
かまるものたちを、もう一つ別の物語に。

〈線・形・色の肉体〉
線:流れる肉体、区切る肉体、囲む肉体、切断する肉体。
形:わだかまる肉体、ひろがる肉体、はみだす肉体。
色:触覚的な色、色の肉体性。色は抽象的に存在しない。
  血、嘔吐、食べ物、地面、夜、夕空、それら事象に受肉する色。色は声のようものではないだろうか。

〈筆跡の肉体〉 かぼそいあるいは繊細な筆跡。乱暴あるいは力強い筆跡。世界の肌を触る、まさぐる手。手触
りとしての筆跡。その色合い、材質感、粘度。筆跡はどのように在るのだろう。
 筆跡は造形的要素とされる色、形、線と言う還元的かつ構成的概念に収納出来ない。筆跡は線、色、形の肉体
のアマルガムである。
 筆跡にあらわれる流れの感覚と身体感覚との結びつきの度合いが強度となる。

〈見ることの肉体生〉 夕暮れ、工事現場金網フェンス下のプランターに植えられているコスモスの花がゆれて
いる。美しいと感じられることがうれしい(コスモスのゆれる線を発見する。)。スズメがアスファルトの路面
をコチョコチョと歩くのを見て愛おしいと思えることがうれしい(スズメの歩行線を発見する。)
 世界を見る眼差しの中にもまた、世界の光景を辿りゆく眼という船の航跡がある。そこには眼差す肉体の内な
るエネルギーがある。それが光景の中に自分の航跡を見出していく。

〈見て描く;顔と木〉自分の顔を描く。木を描く。どこにも線はない。どこにも形はない。光、色のスペクトル
の変化があり、存在としての肉体がある。それを絵にするとき、眼差しがどんな航跡を辿り、筆跡が、どんな色
の肉体を通して、画面にその航跡をしるすのか。

 描かれた形体は、物のイメージを語りつつ同時に他のことを語る形体。形体のパントマイムは子どものつぶや
き、肉体の身振りを語る。 子どもの言葉にならない「つぶやき」が線、形、色の筆跡となる。そうした子ども
の分身が踊る人形シアター。
 筆を持つ手は踊るギニョール(手操り人形)。 イメージ(図像)は歌詞であり、筆跡の肉体性がメロディー
を奏で、歌う。 「描き」のギニョール、踊れ、歌え!

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加藤 啓(新宿区西戸山小) zukodaisuki 2008-12-29T14:01:40+09:00
中央区立泰明小学校   高村 弘志 http://www.zukodaisuki.com/blog/archives/2008/12/post_190.html ばんせん+新聞紙+色画用紙=そこにたっていなさい
とにかく立たせる
たちゃ〜いい
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高村弘志(中央区泰明小) zukodaisuki 2008-12-29T13:17:09+09:00
新宿区立花園小学校 横内 克之 http://www.zukodaisuki.com/blog/archives/2008/12/post_189.html  単学級の小規模校の図工専科として現任校で9年になる。現6年生も1年生の入学時からずっとかかわりながら見続けて来ている。その間の子どもたちの“成長”は著しい。あんなに小さかった子たちが肩を並べるほどに大きくなり(態度も大きくなったけど・・・笑),時々手や体を合わす相手の力強さに驚かされる(年々弱ってきているけど・・・涙)。
 子どもたちの“育ち”を量的に明示できる学力で示さないと肩身を狭く感じてしまう時代に,見えにくい質的なものの育ちもコトバにしないといけないのか・・・。そんな大人の小心な思惑をあざ笑うように,子どもの色や形は,歩き始め,佇み,微笑みながら疾走し,メッセージを発信し続ける。
僕らは,ただ目を見開いて,身体全体で「それ」を感じればいいのだ。  

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横内克之(新宿区花園小) zukodaisuki 2008-12-29T13:02:23+09:00
—のりのいい絵— 辰野 美奈子 http://www.zukodaisuki.com/blog/archives/2008/12/post_188.html  図工室にやってくると、絵の具箱の蓋を開けてやおら絵を描き出す。又は、何かをトンテンカンテン作り出す。
先生はその場の提供と、こまった時の相談役。
 究極の図工授業ですが、これではお給料がいただけません。たぶん。そこで手を変え品を変え楽しい授業を考えます。
 指導要領に言われなくたって、自分のイメージ、自分の感覚が表に出てくるような題材はないかしらんと日夜奔走しているのでした。
 「ねちゃねちゃおえかき」という題材は、ボンドを染み込ませた布に、のりを混ぜた絵の具を手でぬりたくりながら、だんだんと絵ができていくというものです。普通、絵を描く時には、言葉からや目で見たことなどからイメージを広げていきますが、今回は触覚の楽しさだけで絵を描けないものだろうかと思い、実践してみました。
 確かに楽しんでから徐々にイメージが固まってきた子どももいれば、最初から描くものを決めてとりかかる子もいました。
子どもたちが今まで生きてきた中で経験したことや、見たことのあるもの等からイメージが引っ張り出されて出来上がったのでしょう。しかし、糊を混ぜたことで乗りのいいテンポで絵が出来上がったことは間違いありません。                           
 今年の作品展で、流しそうめんで使われる竹の中を、メッセージを入れたカプセルがジグザグに転がって2階の廊下から、下の体育館にいる人に届くという装置を鉄パイプで作りました。「コロコロメッセージ ーありが塔ー」と言います。参観者にも書いていただき、塔は、様々なメッセージでいっぱいになりました。
「あなたは、すてき」「大丈夫、大丈夫。できるって。」「○○ちゃん、ぼくが泣いているとき いつも優しくしてくれて、ありがとう。」「アートだ!パワーだ!」  
 まさに、アートの力を借りて、幸せなひとときが過ごせることを探していこうと思っています。
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辰野美奈子(八王子市七国小) zukodaisuki 2008-12-29T12:54:41+09:00
08『冬展』 http://www.zukodaisuki.com/blog/archives/2008/12/post_187.html 多摩市立多摩第三小学校 柴崎 裕
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最近は授業で、「あまりスペシャルな設定をしない」ということがある。というより、児童数が減るどころか微妙に増える傾向にあり、空き教室もないし、図工室のキャパももう目一杯で、活動した先から物理的制約の限界に会うからだ。そんななかで、子どもにとって、休み時間と授業時間をやすやすと乗り越えるような「おもしろテーマ」の投げかけを高学年生にしている。インフォーマルな美術コミュニティーみたいなものができるといい。そろそろそこで「とんでもない遊び」を仕掛けたいのだ。
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柴﨑 裕(多摩市多摩第三小) zukodaisuki 2008-12-29T12:49:09+09:00
小平市立小平第九小学校  中村 隆介 http://www.zukodaisuki.com/blog/archives/2008/12/post_186.html  先日、12月12日の西多摩大会の 授業後に、3年生の男の子から
こんな手紙をもらいました。
「ぼくは、じぶんのいろ・じぶんのかたちをやるのに わくわくしました。 はじめるときに いろをひろげるときに えのぐがすこしつめたかったです。 それに つるつるしました。 だからやりやすかったです。 あしですべったら いっぱいよごれて いっぱいころびました。 けど いろいろまぜておもしろかったです。 ふくとかよごれました。 かえるせんせいに すごいねっ と いわれました。 ぼくはますます おもしろくなりました。 それに ますますしあわせになりましたから またやりたいです。 また ふくをよごしたいです。 またいろを ブラックホールにしたいです。 またじまんしたいです。 またせんせいに すごいね と いわれたいです。」
子どものこんな思いを 知ってしまったら、
これからも〈のたうちまわる 図工のせんせい〉 続けるしか ないですね … 。

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中村隆介(小平市第十小) zukodaisuki 2008-12-29T12:40:42+09:00
調布市立布田小学校 時任 勝 http://www.zukodaisuki.com/blog/archives/2008/12/post_185.html その昔 中学の美術教師 当時の喜びは 部活のバスケ 辛いのは 生活指導 ホッとするのは 美術の時間 
十数年前 図工と出会った。 なんじゃこりゃあ。こんなんありかよ。いいのかよ…こんなんで だが… けれども… それは それとして…
エネルギーが 作品の中に 渦巻いている 等身大で 偽らざる魂が 息づき 笑っているようだった。 
 今 子どもの笑顔に 励まされ つるつるの笑みと 出会うために 図工室に いる 私です

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時任 勝(調布市布田小) zukodaisuki 2008-12-29T12:35:58+09:00
「図工だいすき子ども美術展 第1回冬展 鑑賞会が行われました。」 http://www.zukodaisuki.com/blog/archives/2008/12/1_4.html  年の瀬も迫る12月27日(土)、朝10時よりCCAAにて図工だいすき子ども美術展 第1回冬展の鑑賞会が行われました。これは、図工寺子屋での開催と兼ねており、10数名の参加者が、出品者の先生方のお話を伺うというとても贅沢な時間を味わいました。
 都図研会長である辻先生のハーモニカで会が始まり、鈴石 弘之 先生がチューターとしてごあいさつ下さいました。
出品者である、中村 隆介 先生、時任  勝 先生、横内 克之 先生、加藤 啓 先生、高村 弘志 先生、柴崎  裕 先生が
それぞれ指導のねらいや教育観などを作品をもとにお話し下さいました。
 ベテランの先生方の味のある、それぞれの空間がとても素敵で、刺激のある空間構成になっています。この機会にぜひご覧ください!
2008年12月27日〜2009年1月11日
(1月1日から3日までは休館)
CCAAアートプラザA館地下1階
ランプ坂ギャラリーにて
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zukodaisuki 2008-12-29T12:22:13+09:00
http://www.zukodaisuki.com/blog/archives/2008/12/post_184.html zukodaisuki 2008-12-29T12:19:26+09:00 「赤ちゃんと一緒」 2年生 http://www.zukodaisuki.com/blog/archives/2008/12/2_1.html 赤ちゃんは特別な存在です。
兄弟のいる子も、いない子も、よろこんで描きました。
ここにいる赤ちゃんは、弟・妹・お隣の子・自分・・・・。
イメージを確かめながら、とろとろの紙粘土で描き、線を引き、
さらに絵の具で描いています。

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足立区立大谷田小学校  高橋 香苗

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私の授業実践 zukodaisuki 2008-12-10T20:06:37+09:00